ピューマ渡久地の記憶障害の重積てんかんってどんな病気?現在の職業は?【フライデー】

スポンサーリンク

4月12日(金)放送の

【爆報!THEフライデー】で

ピューマ渡久地(とぐち)さんが特集されます!

ピューマ渡久地さんは

”平成の三羽烏”と言われるほどの

天才ボクサーでした。

しかし

そんな天才ボクサーのピューマ渡久地さんを

自分の年齢さえわからなくなる記憶障害が襲います。

今回は

記憶が消えていく

天才ボクサー・ピューマ渡久地さんに

迫ってみたいと思います。

スポンサードリンク

ピューマ渡久地のwiki風プロフィール

出典:https://matublo.com/1992

名前:ピューマ渡久地(とぐち)

本名:渡久地隆人(とぐちたかと)

生年月日:1969年11月20日

出身地:沖縄県石川市(現:うるま市)

学歴:日本大学農獣医学部 中退

職業:ボクシングジム名誉会長

ピューマ渡久地さんがボクシングを始めたのは

高校入学と同時期で金城真吉監督の

指導を受けボクシングの才能を開花させていきました。

アマチュア時代からの戦績は

58戦53勝5敗という恐ろしさ

そのパワフルなボクシングを

持ち味として18歳で

プロ入りし1988年に

デビューを果たします。

プロになってからもその強さは発揮され

プロ通算戦績は

27戦23勝(19KO)4敗

そんなピューマ渡久地さんは

鬼塚勝也さん、辰吉丈一郎さんと共に

”平成の三羽烏”

と称されていました。

三羽烏ってなんだ?と思い調べてみたら

どうやら

「ある方面で優れた三人」という意味らしいです。

納得です。

そんなピューマ渡久地さんも現役を引退し

東京都内に『ピューマ渡久地ボクシングジム』を開設します。

しかしボクシングジムの

会長という慣れない仕事の

ストレスから酒に溺れるようになっていきました。

当時の奥さんとは2006年に離婚。

それから2年後にピューマ渡久地を

病魔が襲います。

ボクシング協会の理事会の最中に

ピューマ渡久地さんは突然倒れ

白目を剥き全身硬直、痙攣

さらには口から泡を吹いていたそうです。

そのまま病院に運ばれたピューマ渡久地さんは

『脳梗塞』と思われていました。

しかし

数時間後にはピューマ渡久地さんは

何食わぬ顔で回復していたといいます。

ただ、不可思議なことに一連の記憶が失われていたそうです。

その後も度々ピューマ渡久地さんは

発作を繰り返ししばらくすると

元通り、しかしその時の記憶がない…

段々と症状は悪化していき

ジムの生徒の顔も忘れるなど

仕事に支障が出てきてしまうことに。

その後の検査でピューマ渡久地さんは

『重積癲癇(てんかん)』ということが

発覚しました。

ピューマ渡久地さんの記憶はここで途切れます。

つまりてんかん発作が起こる度に

10年前の記憶で目覚めてしまうそうです…

スポンサードリンク

重積癲癇(てんかん)とは

重積癲癇(てんかん)というのは

てんかん発作が30分以上続く状態で

発作が断続してその間意識がない症状です。

誘引とされるのは

内服薬の怠薬、披露、大量飲酒などが挙げられます。

この重積癲癇(てんかん)の恐ろしいところは

発作中は脳に酸素が届かず脳細胞が大量に

破壊されていってしまうということ。

ピューマ渡久地の現在は?

現役を退いたピューマ渡久地さんは

現在、『ピューマ渡久地ボクシングジム』を

開設して名誉会長を務めています。

会長は元奥さんがされているということで

一度は離婚したもののピューマ渡久地さんの

支えになってくれているんだとか。

ピューマ渡久地さんは元奥さんの

記憶は失くしておらず

「ありがたいです。子供3人いて大変でしょうね。ジムを守ってくれてありがとう」

とコメントされています。

スポンサードリンク

まとめ

ピューマ渡久地さんは

現役時代は

”平成の三羽烏”と称されるほどの

ボクシングの才能を持つ天才だった

ということがわかりました。

そして

現役を引退されてからは

ボクシングジムの会長になり

経営に携わるも慣れない仕事からの

ストレスで酒に溺れるようになり

てんかんを発症。

それからは

元奥さんの支えの下

『ピューマ渡久地ボクシングジム』の

名誉会長として

未来のボクサーたちを育てている。

  • 仕事のストレス
  • 大量の飲酒

これらは意外にも

私達の生活から遠くない

存在であることに驚きが隠せません。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする