コシノヒロコの年収や豪邸自宅が凄い!?wiki経歴と三姉妹の現在!【深イイ話】

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10月15日(月)放送の

【人生が変わる1分間の深イイ話】にて

ファッション界女帝の

コシノヒロコさんがバラエティー

初密着されます!

「最強姉妹は幸せ?」という

企画でヨシノヒロコさんが

ピックアップされました。

御年81歳にも関わらず

そのパワフルたるや

ワインがぶ飲みしたり

しているそうです!

今回は

そんな

パワフルな

ファッション界の女帝

コシノヒロコさんに

迫ってみたいと思います。

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コシノヒロコのwiki風プロフィール

出典:http://minakoro.com/post-2434-2434

名前:小篠弘子(こしのひろこ)

生年月日:1937年1月15日

出身地:大阪府

学歴:文化服装学院 卒

職業:ファッションデザイナー、アーティスト

趣味:ゴルフ、三味線、書・絵画

コシノヒロコさんの

お母さんである

小篠綾子さんは

ファッションデザイナーで

お父さんの

小篠武一さんは

紳士服のテーラーということで

幼い頃から

ファッションに触れてきた

コシノヒロコさん

ファッション界の女帝と

なる未来にもうなずけます。

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コシノヒロコの経歴

ファッション女帝として

君臨するコシノヒロコさん

果たしてこれまでどのような

経歴をお持ちなのでしょうか?

1957年:文化服装学院在学中にN.D.C.(日本デザイナークラブ)デザインコンクール第1位受賞

1959年:文化服装学院 卒業

1961年:卒業後、銀座小松ストアー(現ギンザコマツ)ヤングレディースコーナー専属デザイナーを経て、自身のブランド 設立

1964年:大阪・心斎橋にオートクチュールアトリエ 開設。

1970年:ドラマ【お荷物小荷物】にドレスコンサルタントとして参画

1977年:東京コレクション 参加(以後年2回出品)

1978年:ローマのオートクチュール・コレクション「アルタ・モーダ」に日本人として初めて参加

1982年:パリ・プレタポルテコレクションに参加(以後年2回参加)

1984年:中国・上海で日本人として初めてコレクションを発表。

1987年:コシノヒロコの呼びかけにより大阪府、大阪市、経済団体が開催委員会を結成

11月25日に第1回目となる大阪コレクションをマイドームおおさかにて開催

1987年:韓国・ソウルでコレクションを発表

1988年:昭和学院秀英高等学校の制服をデザイン

1990年:沼津学園高等学校(現・飛龍高等学校)の制服をデザイン

1993年:パリ・コレクション参加10年を機に、コレクション参加を中止

1995年:アメリカ・ワシントンD.C.における第11回国際アパレル連盟総会で、アジアを代表するデザイナーとして講演

1997年:大阪近鉄バファローズのユニフォームをデザイン

コシノヒロコ作品集「HK2001」を出版

2000年:郷里である大阪府岸和田市で、ヒロコ、ジュンコ、ミチコ3姉妹のコレクションを開催

2001年:芦屋・奥池に生活の拠点を移し、アトリエ、ギャラリー&ゲストハウス「SEMPER」が完成

2002年:墨絵を中心とした「仄かと閃き」展を東京ヒロココシノギャラリーで開催

2005年:環境省主催の地球温暖化防止活動の一環として愛・地球博で開催された「COOL BIZ Collection」の総合プロデューサーを務める

2007年:阪神タイガースの交流戦用ユニフォームをデザイン

2009年:パリ・コレクションに復帰

2010年:体操日本代表のユニホームをデザイン

2012年:東京・銀座の並木通りに旗艦店を移転し、アートギャラリー KHギャラリー銀座 を併設(自身のアート作品を季節ごとに発表)

2013年:兵庫県芦屋市の安藤忠雄設計の旧自邸をギャラリーとして改装し、 KHギャラリー芦屋 をオープン

2018年:神戸ファッション美術館の任期5年間の名誉館長に就任

こうしてみると

スポーツ界にも

多大な影響力を

持っていることがわかります。

さすが

ファッション女帝…

<コシノヒロコの年収は? 次ページへ!>

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