18歳で交通事故で記憶喪失になった激レアさんって誰?現在は独立?

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8月3日(土)放送の

【激レアさんを連れてきた。】にて

”18歳で交通事故に遭い記憶喪失になって人間の生活習慣全部忘れてしまったが奇跡的に社会復帰した人”

が紹介されます!

かなり壮絶な経歴をお持ちですが

生活習慣すべて忘れてしまっても

人間って生きていけるんですね。

いったい誰?

と気になるところですが

その記憶喪失激レアさんというのが

坪倉優介さん!

いったい誰?

状態なので調べてみました!

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坪倉優介のwiki風プロフィール

出典:https://twitter.com/yousuke85

名前:坪倉優介(つぼくらゆうすけ)

生年月日:1970年12月25日

出身地:大阪府門真市

学歴:大阪芸術大学工学科染織コース 卒

職業:染色家

坪倉優介さんは大阪芸術大学を卒業されていますが

ガイド本で芸術大学の存在を知ったのがきっかけだったそうです。

受験当時はデッサンという言葉も知らないほど

美術に精通していなかった坪倉優介さん。

なにか、大学受験を機に惹かれるものがあったのでしょうか。

なんやかんやで1989年に大阪芸術大学に

合格し入学を果たされます。

しかし、そんなキャンパスライフを

満喫するはずだった坪倉優介さんを

悲劇が襲います。

1989年6月5日にバイク事故で記憶を

失ってしまうのでした…

その経験は2001年に書籍化されており

【ぼくらはみんな生きている 18歳ですべての記憶を失くした青年の手記】

という題名で実は2003年にオダギリジョーさん主演で

ドラマ化もされています!

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坪倉優介の記憶喪失劇

坪倉優介さんが記憶喪失になるのは

大阪芸術大学在学時。

講義が終わり帰宅中でしたがその日は

課題を徹夜で仕上げたこともあって

疲労困憊の状態でした。

そんな状態でスクーターに乗っていましたが

運悪くトラックと衝突事故を起こしてしまいます。

坪倉優介さんはそのまま意識不明の重体に。

大阪府立大学病院救急センターの

集中治療室に入り10日後に

奇跡の目覚めを果たされますが

その時にはこれまでの18年間の

記憶をすべて失ってしまっていたのでした。

その記憶喪失の度合いはすさまじく

家族のことから風呂や食事といった

生活全般のこと、さらには言葉の意味さえも

頭から無くなってしまっていました。

こうなると本当に

赤ちゃんのような状態です。

そんな状態から坪倉優介さんは

少しずつ努力や協力で回復していき

大学に復学することも可能な状態までいきました。

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坪倉優介の現在

坪倉優介さんは大阪芸術大学を卒業し

染色家として1996年に京都の

奥田祐斎さんに弟子入りします。

そうして

1996~2003年に染工房夢祐斎で

草木染め作家として活動されます。

2004年には海外に進出し

ヨーロッパを中心に旅をされております。

2005年には今度は国内を放浪し始め

翌年2006年には大阪市内でゆうすけ工房を

設立し独立されます。

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